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 投稿者:中島@管理人  投稿日:2007年 7月24日(火)21時20分43秒
  通報 編集済
  >一羽のデータは群全体のデータと同一と考えていいのではないでしょうか?

私はこの「仮定」は成り立たないと考えます。「仮定」しないと議論できないことは分かりますが、ほとんどの種でN(データ数)が少なすぎます。例えばコルリはN=1です。しかも捕獲が春で再捕獲が秋。この2点を直線で結ぶ発想が信じられませんね。科学的な考察は、「仮定」をはっきりさせることから始まります。そして、その「仮定」が可能である根拠をできる限り示すべきです。仮定できる根拠の在処を教えていただけますか?

こういう意見もすでにお読みのはず。私は十分に科学的な考察であり、たいへん説得力があると考えます。
http://simarin.cocolog-nifty.com/hoobukuro/2005/12/post_0190.html

オリジナルデータの考察はほとんどがこんな調子です。これは『年次報告書』ではなく、『渡り鳥アトラス』を名乗る35年分のデータ集なのです。
http://king-fisher.cool.ne.jp/2006/pict/0927koruri.jpg


>病気の感染状況調べる訳ではないのだから数を揃える必要はない気がするのですが。

「一羽のデータは群全体のデータと同一と考えていい」--->「数を揃える必要はない」:この論理の流れが理解できません。「スズメ目の小鳥」という同じ群において、「回収率」と「死亡率」がある。どちらもN(データ数)は統計的に意味があるくらい多い。「一羽のデータは群全体のデータと同一と考えていい」ことや「数を揃える必要はない」こととは全く独立に、回収率と死亡率の比をとることに何か無理があるのでしょうか。わたしは無いと考えます。
 
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